【ご報告】病院勤務になったので考えたことを書く。

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タイトルにもある通り病院勤務となりました。

全くの予想外。奇妙奇天烈摩訶不思議 奇想天外四捨五入 出前迅速落書無用。まるでドラえもんの歌詞です。直近のブログやエックスでも次年度も介護施設で頑張りますと書いていますからね。

これがあるから人生は面白い。自分でも思いも寄らない方向へ物事は進んでいくのです。

なかなか貴重な体験をしているので考えていることをまとめてみたいと思います。書き終わるまで着地はわかりません。

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職歴のおさらいをしておこう。病院総務に返り咲きとなりました。

病院や職種が定期的に変更しております。ジョブホッパー。医療事務(外来)→医療事務(入院)→医療事務(取り纏め)→病院総務→介護事務→介護事務長→病院事務長。という具合です。

末端の医療事務からキャリアをスタートさせましたが病院の事務長になりました。

新しい職場でのルールを覚えたり、人の名前を覚えたり、診療報酬改定の内容を覚えたりボリュームが多くなりそうな春です。

介護施設を離れる理由はマンネリかもしれない。

職場が変わる理由はいくつもあります。転職・異動・転勤。自己都合もあれば家庭や会社の都合もあるでしょう。給料や仕事内容もあれば人間関係の場合もあります。

病院勤務に戻る理由は100個くらいあるのですが、一番の理由は介護施設と介護報酬に対するマンネリだと考えています。働いていた施設は良くも悪くも安定しており良いメンバーに囲まれていました。

大変だと言われている介護施設にもかかわらず増収増益。安定しており残業もなく働き方の面では優良施設であったことは間違いありません。

本当に感謝しています。良いメンバーでした。ぼくの変わりはいくらでもいるので新しい事務長と新しい施設になってより良くなるでしょう。

無い物ねだり。良い環境であれば問題無いだろ。と言う人もいるでしょう。

努力や苦労ができるうちにやっておいた方が良い。

人生の哲学みたいな話になりますが努力や苦労ができるうちにやっておいた方が良いと思いました。10年後には体力的にも気力的にも難しくなります。ならば難しい挑戦になるかもしれないけどやってみようかなと考えました。

安心して働ける環境が最高ではないか。と言われればそれまでなんだけど。

20代に飛び込み営業的な心理的に苦しい思いをした経験や、残業代が本給より多かったりする長時間労働の経験があるから現在の自分があります。意味不明な上司に意味不明な怒られをしたこともあります。(全員に推奨はしません)

その結果、大変すぎて半年後には退職しているかもしれません。それもまた人生でしょう。

30代でついた差は40代で取り返すことができない。

介護施設の事務長から病院の事務長になり働き方は大きく変わります。

介護施設は実務も多くありました。事業計画を遂行するのがメインですが、採用から退職までの人事関係や人不足であれば送迎の運転もありました。設備や備品の故障があれば修理も行いました。

自分の手を動かして現場に感謝されるのは行動と結果が一致するので気分が良いものです。

今後はそれがなくなる。大きな病院になるのでスタッフの数の多くなります。自分で担当業務を持つことは無くなります。医師や看護師などの院内の調整やトラブル対応など突発的な仕事がメインになるでしょう。

医師の調整なんて大変な未来しか見えませんが経験しておくのも若い方が良いでしょう。

大変なのは間違いない。メンタルケアをして潰れないように。

最初にやるべきことはメンタルケアです。

必要以上の頑張りはいけません。できないものはできない。無理なら辞めるだけ。自分を苦しめてまで仕事をする必要はありません。これを念頭に置いておけば後はどうにかなると思う。

自我を通すでもなく現在の流れに身を任せていきます。まずは他所から事務長になった自分を認知してもらうことが先決です。余計なことはしないようにします。

勤務地が変わること。仕事内容が変わること。新しい人と仕事をすること。新しい病院のルールを覚えること。スーツやシューズを購入すること。不安な点はたくさんありますが嘆いても仕方がありません。

最初から質を求めてはいけません。できるわけがない。久しぶりの病院なんだから。一緒に働く人のこと知らないんだから。なので最初にやることはスピードと量。

凡人がグダグダ言っている間に圧倒的な量をこなしていきます。(できる限り。潰れない程度に)

ぼくは10回目くらいの職場変更なんだけど、ダラダラ5年間働くよりも最初の1年間努力した方が努力の総量は少なくなり出世もできます。

今回も同じようにやってみたいと思います。